友人のカミングアウトを、どう支えるか

Illustration : 友人のカミングアウトを、どう支えるか

理想の世界なら、カミングアウトは必要ないはずでした。誰を好きで誰をそうでないかを、わざわざ言う必要もなかったでしょう。誰も先回りして決めつけないからです。けれども私たちは異性愛を前提とする社会に生きていて、多くの人がまず自分を受け入れ、それから自分の指向を打ち明けるという過程を通ります。

友人や家族は、その過程にどう立ち会えばいいのか、何が本当に助けになるのかとよく考えます。まず一番大事なことから。手引きはありません。誰かが自分のセクシュアリティを認めるのを助ける「十か条」など存在しないのです。

LGBT の団体はこう強調します。事例も文脈もひとつずつ違うので、共通の手順書は書けない。状況ごとに必要なものが違うからです。自然に受け止められる人もいれば、そうでない人もいます。後者にはおそらく専門家の助けが要ります。

カミングアウトという過程は、規範から外れた性のあり方をもつ人が相当数いると社会が理解するまで続きます。多くの場合、同じ道を通ってきた誰かと日常のなかで出会ったときに、その過程は始まります。

安心できて、はじめて打ち明けられる

人が自分の指向を認めるのは、安心できたときだけです。前進はあっても、多くの場ではこの話題はいまだにタブーだからです。職場では話さない人も少なくありません。私生活のことだからと説明しつつ、LGBT であること自体が政治的な行為だとも考えています。

大切なのは、相手を異性愛者だと決めてかからないこと。そして異性愛者の側が自分から学ぶことも、同じくらい大切です。LGBT の雑誌を読む、映画を観る、話し、聞く。そうした小さな行いによって、LGBT の人は「見えている」「わかってもらえている」と感じられます。知っておいてください。誰かに寄り添うことは、同性愛を笑いものにする冗談で笑わないこと、差別的なふるまいに気づいて指摘すること——それくらい簡単な場合もあります。

簡単ではない過程を、友人とともに

カミングアウトは楽なことではありません。それでも今の社会はより開かれています。LGBT 団体で働く人たちはこう言います。子どもの指向を受け入れられない親はまだいるけれど、どう寄り添えばいいのかを自分から尋ねに来る親も多い、と。受け入れて尊重するだけでなく、できるかぎりよい形で支える準備をしたいのです。

三十年前には手がかりが何もなく、LGBT の人々はそもそも数に入っていませんでした。映画やドラマにまれに登場しても、揶揄する調子で描かれました。友人にそんな思いを決してさせないでください。批判の前では、その人の側に立ってください。

同性愛をめぐる WHO の決定

比較的最近の一九九〇年になって、WHO は同性愛を精神疾患の一覧から外しました。それ以来、ゲイやレズビアン、バイセクシュアルの人々は少しずつ、世界中で日常の一部になっています。友人にそのことを伝えるのをためらわないでください。助けになることがあります。

四十年前には LGBT のロールモデルが存在しませんでしたが、今はメディアに、自分の指向を公にする人が数多くいます。

とはいえ、多くの著名人が公に自分の指向を引き受けたのはこの十年ほどのことで、それが当たり前にする力になりました。子どもや若い人には LGBT の憧れの存在がいます。歌手、俳優、インターネットの作り手たち。しかも多くは、自分のセクシュアリティを認めるだけでなく、隠しません。

社会は変わりました。今日のカミングアウトは、四十年前ほど大きなものを失う行為ではありません。団体の見解は一致しています。うつにつながる苦しい過程は避けること、その人のそばにいること、守ること、そしてもちろん敬意をもつこと。

この記事を読み終えたら、先延ばしにしないでください。Mad2Moi でプロフィールをつくり、あなたを待っている人たちと話しはじめてみてください。

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