はじめて会う日の心得——十二のこと
マッチした。やり取りもした。会う日も決まった。そして急に慌てる——どこへ行けばいいのか、何を話せばいいのか、どれくらいいればいいのか。そして何より、どうすれば台無しにせずに済むのか。
1. 場所——喫茶店、それだけ
はじめて会う日に食事の店は要りません。 映画も、長くかかる催しも。喫茶店か、軽く飲める店で十分です。
理由はこうです。合わなければ三十分で帰れます。金額が小さいので負担になりません。話をする形に向いています。そして合えば、そのまま延ばすのは簡単です。
はじめて会う日に効くのは店の華やかさではなく、話の質です。角の静かな喫茶店は、賑やかな見晴らしのいい店に勝ちます。
2. 長さ——一時間から一時間半
短すぎる(三十分)と、表面より下へ降りる時間がありません。長すぎる(三時間以上)と話が尽き、「もう全部話してしまった」と思いながら帰ることになります。
一時間から一時間半がちょうどよい目安です。少し物足りないくらいで帰る。その物足りなさが、もう一度会いたいという気持ちを作ります。
3. 時間帯——平日の早い夕方
早い夕方——六時から八時のあいだ——は、昼食や週末の朝よりうまくいきます。空気がほぐれていて、仕事のあとの外出として自然だからです。
平日は週末よりよいことも多いものです。週末は「土曜を無駄にしないために、うまくいかなければ困る」という圧を足してしまいます。日曜の昼と金曜の夜は避けましょう。
4. 話題
順に——日々を何で埋めているか(仕事の話でも、履歴書の言葉ではなく)、打ちこんでいることか新しい試み、何かを変えた旅、本、映画、最近の発見、そして最後にどういうものを探しているか。
あとに回すべき話題は、元の相手(はっきり訊かれないかぎり)、極端な政治、お金、子どもについての具体的な計画、そして他のアプリへの不平です。
5. 携帯——見えないところに
画面を伏せるか、鞄のなか。話しているあいだのちらりと見ることもなし、通知もなし。すべてを変えるのはこの細部です。「いま鳴っているものよりあなたは大事ではない」と、これほどはっきり伝わる仕草はありません。
6. 店の人への接し方
相手が働いている人——店員に——どう接するか。その晩でいちばん多くを明かす瞬間になりがちです。店の人に横柄なのは重大な赤信号です。
そして逆も同じこと。自分を見てください。「ありがとう」、笑み、待てること。
7. 口づけをするかしないか
話が温かく、その気配があるなら、別れぎわに持ちかけてもかまいません。押しつけずに。気配がないなら、軽い抱擁で十分です。
決して押さないこと。 「向こうから来るべきだ」という決まりはもう古いものです。したい人が持ちかけ、そう思わない人が丁寧に断る。それだけです。
8. 二十四時間以内に一通
二十四時間以内に送ってください、どんな結果であっても。よかったなら「とても楽しかったです、またいつか?」。ふつうだったが続けたいなら、同じことを短く。自分には違ったなら、素っ気なくない一言を——「今日はありがとうございました。探しているものが違う気がします。よいご縁がありますように」。
会ったあとの沈黙は、要らない乱暴です。 一時間、同じ席でお茶を飲んだ相手です。二行なら書けます。
9. うまくいった合図
- 相手のほうから次を持ちかけてくる。
- 予定していた時間を、自然に超えて長くなった。
- 連絡先が自然に交わされた。
- こちらがまた会いたいと思っている——いちばん忘れられがちな基準です。
自分には違った合図は、何度も時計を見ること、無理に続く会話、そして自分のなかの「まあ……ふつう」です。
10. 合わなかったとき
ふつうのことです。 はじめて会った人の多くは二度目に至りません。それは失敗ではなく、算数です。
「またお会いすることはないと思います」と伝えるときは丁寧に。立ち入った問い(「どこが駄目でしたか」)は避けて。そして合わない日が何度か続いたら、何を変えるべきかを見てください——紹介文か、話題か、場所か。
11. 次に会うまでの間
はじめがうまくいったなら、二度目は同じ週のうちに。待ちすぎると、築いたものが機械的に冷えます。三度目は食事や、少し長い催しにちょうどよい場所です。
12. 安全のこと
- 必ず人のいる場所で。
- どこへ誰と行くのかを誰かに伝えておく。
- 帰りの足は自分で確保する。
- 相手が新しい相手なら、信頼できる人に居場所を共有しておく。
- 線を越えるふるまいがあれば通報の仕組みを使う。
まとめ
喫茶店、一時間から一時間半、平日の早い夕方。携帯はしまう。話題は明るいものから。店の人への接し方を見る。気配があれば口づけを持ちかけ、決して押さない。どんな結果でも二十四時間以内に一通。うまくいったなら二度目は同じ週に。人のいる場所で、そしてあなたの居場所を知っている誰かを。
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